©2019 by Kogumakai. Proudly created with Wix.com

幼児教育のメリットは?①


☆少し長いですが、ページ下の太字部分が結論です。


ホーチミン在住の日本人保護者の方と話をしていて、「(小学校)受験をするわけでないのに、なぜ幼児教室に通わせる必要があるのか」という話が出ました。私自身、受験は高校受験が初めて、塾通いも中学生から、という「一般的な」育ち方をしたので、私自身、このテーマは非常に興味があり、こぐま会を開講する前に何度も考えました。



最終的には保護者の方が価値を感じるかどうか、必要性を感じるかどうか、これが全てです。私は次の3つの視点で、お考えになるのがいいのかな、と思います。



①子どもの知的能力開花に向けた種まき、水撒き

②非認知能力

③ご家庭で「幼児教育」ができるかどうか



今日は、まず①です。

私が学習塾で小中学生に授業をしていたときのことです。伸びる子どもと、授業についていくのがやっとの子ども、この両者の違いは何だろうとよく考えていました。いろいろありますが、そのうちの一つが「思考力」です。


そう考えたきかっけは、とある国語の課題文です。



【内容】

主人公の教員が20年前に担当したクラスの同窓会に顔を出しに向かっている場面です。その教員、担任だったころはまだ新任で、ある生徒を差別的に扱ってしまっていました。ずっと心に引っかかっていたのです。そんなクラスの同窓会に顔を出す。大人になったその生徒も参加しています。



ふつう小学生には、同じくらいの年頃の主人公の物語を読ませて問題を解かせることがほとんどです。主人公の心情や行動をイメージしやすいからです。


しかしこの課題文。なかなかトリッキーな課題です。

この課題文の設問を解くためには大前提として何が必要でしょうか。この教員の言動から、場面場面の心情を自分なりに頭の中でイメージしてみることです。




学習塾ではテストで点を取るための解法を指導します。塾や先生によって指導方法は異なりますが、残念ながら解き方を教えて終わり、という指導も現実にはあります。物語文の問題ならば、登場人物の言動からその気持ちを想像する、これが基本中の基本です。この課題文、解き方偏重の指導で、正解を導けるとは思えません。




さて、思考力に話を戻します。

ここで言いたいことは、解き方ばかり指導されてきた子はこのような課題文を味わいながら読めないということです。当然、国語の問題というのは文章中の場面の登場人物の心情をイメージできているか、を確かめるように作られています。つまり、手が止まってしまう。。



前置きが長すぎましたが、ここから大事な話です。


授業についていくのがやっとな子は、現実問題として、解き方ばかりを指導されることが多いのです。勉強についていけない、となったときに塾に預けても、担当講師は目先の授業やテストの対策で手一杯になり、即効性のある解決策「解き方を教える」という毒薬に手を出さざるを得なくなります。当然、こうなってしまったら子どもにも余裕はありませんから、受け身、受け身の学習態度になってしまい、主体性が欠如してしまいます。思考力どころではありません。これが「学習の負のスパイラル」です。(と、私は勝手に呼んでいます)


※多くの塾は子どもの教育を第一に考える良心的なところです。しかし現実問題として、このように対処せざるを得ない場合もある、という一般論です。



では、思考力のある子はどうなのか。

今まで担当していた生徒を思い返すと、新しい学習内容をきちんと理解するための土台がすでにきちんとしていました。新しい学習内容と言っても、必ず過去の学習と結びついています。土台がしっかりあるから、その場でしっかり理解し、しかも余裕があるので、講師も発展的なことまで授業で扱える。


もう一つ、思考力のある子に備わっているのは主体性です。自分で興味をもって物事に働きかける姿勢です。興味を抱かなければ、「これ何だろう?」、「なんでだろう?」と疑問を持つことはありません。これが思考力を育てる出発点です。興味を持つ、講師や友達と対話(議論)する、講師からフィードバックを受ける、この繰り返しで思考力は育ちます。


でも、どうやったらそのような主体性の備わった子が育つのでしょうか。答えはシンプル。「これ何だろう?」という体験を繰り返すのです。日常生活の中にもたくさんあるはずです。しかし日常生活では分野が多岐にわたります。そこで、こぐま会では主に算数と国語につながる分野で、そのような体験を生徒に繰り返しています。このような体験を繰り返すと、自ら疑問を持つ習慣が次第に育ち、それが主体性となるのです。この主体性を育てる教育は幼児期がベストです。事物を豊富に使う幼児教育の指導方法はもともと子どもに主体性を与えやすく、しかも幼い時に身に着いた習慣はそう簡単には抜けないからです。



つまり、思考力のある子に育つためには、まず学習の土台をしっかり築き、主体性的に学ぶ姿勢を身につけなければなりません。これが前提です。他にも列挙するときりがありませんが、まずこの2つです。これらが備わっていれば、あとはぐんぐん伸びます。正のスパイラルですね。




幼児教育は、この正のスパイラルを起こすきっかけになり得ます。

だから種まき、水撒きなのです。費用対効果は非常に大きいです。だから世界で幼児教育は非常に人気があるのです。ベトナム人の子どもが算数オリンピック上位入賞?の常連になりつつあるのも納得です。



この正のスパイラルを起こすきっかけを、お子さまに与えるかどうか、この視点はまさに幼児教育をやるかどうかを考えるときに、ぜひお考えいただきたいと思います。




残念ながら日本では「お受験」という存在が幼児教育の敷居を高くしてしまっていると感じます。幼児教育はお受験のためのものではありません。ホーチミン教室やシンガポール教室ではむしろ非受験生に人気です。敷居の低いホーチミンで幼児教室に挑戦、というのもいいのではないでしょうか?